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初めて楽器を持つ人、楽器は演っていたけれどJazzの経験の無い人、メンバーのいなかった人のためのワークショップです。
単なるセッションではありません。
練習の成果を年2回ライブハウスで披露しています。プロのクリニック、セッションも行って親交を深めています。
※主なセッション・クリニック参加ミュージシャン
池田篤(as),米本康志(b),金沢英明(b),加藤崇之(g),他
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初めてでも各パートの先輩が指導してくれます。
総勢16人。
練習は2週間〜3週間に1回程。スタジオ料として\1000〜\1500程度かかります。
興味のある方は以下までご連絡を。
お問い合わせ:
Bar Groovy (tel. 011-756-1545)
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「よ、う、ち、え、ん」、なんとノスタルジックな響きでしょう。戦後生まれ(湾岸戦争ではありません)の私達の就園率は20%もあったでしょうか?函館の西部地区、風見鶏のある観光名所のカトリック教会敷地にあった白百合幼稚園は急な坂道をはさみ、向かいが白百合高校(もちろんお姉さん高校、現在極東大学)、坂の突きあたりが西高校(元函館高女)、その隣がプロテスタント系の遺愛幼稚園(白百合の園児仲間と殴り込みに行って先生{マスールと呼んでいました}にしかられたっけ)といった文教地区にありました。
どの家庭も貧しい時代でしたが、教育熱心な母の力で無事1年間通うことができました。当時習った賛美歌のような歌を今でも原語で覚えています。♪〜ベニテ、アドレ〜ムス〜♪、どこの国の言語かは不明ですが…。この頃のはやりで、月光仮面(鞍馬天狗だったかも)気取りで函館バスの前に立ちはだかったこともあるそうです。数年後、5つ下の従兄弟もトライ(スーパーマン役で)したそうで…。
長じて花の青春時代。白百合、遺愛、大谷(お隣の女子高校で体操部の子がみんなかわいく見えました)といったお姉さん高校には目をくれずスポーツに汗したものですが、何を間違ったか?悪友に誘われJAZZ喫茶を知ることになっていました。薄暗い店内と、タバコの煙と、大音響で、何とはなしに「あやしい」雰囲気の虜になったのでした。今でも覚えているのは「マイフェイバリットシングズ」、「レフトアローン」、「ラジオのように」くらいで、あとは当時も題名は知りませんでした。
高校卒業で函館を離れ37年、サラリーマンと育児に謀殺?され、音楽もNHKの紅白歌合戦で中島みゆきさんだけ見て安心している程度でしたが、「よ、う、ち、え、ん」と「JAZZ」、の響きは何かを想い出させるような…。と、ナントナント、この二つを合体させる無謀、無理無体(名・形動、相手の意志を無視して、強制すること。また、そのさま。「-な要求」「いやがる子を-に連れ出す」)を断行してしまうなんて、うーんまいった、降参。
という次第で、ハーモニカもリコーダも覚えていない世代で、ギターを触ったこともありませんが、当幼稚園主席・ドラムのシノプージョーさんのコラムで「JAZZのことが分からないとか、もしかして不良になるとか、アブナイ世界から抜けられなくなるとかお考えのアナタ!! 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と申します。是非、やってみませんか」と名指しで誘惑された気分になり昨年、無謀入園しました。SAX暦4年でも初心者です。
今は「ウ?アドリブ、ど、どうしよう病」と「今どこ?どこ?症候群」に取り憑かれ、無理無体なSAXで年長さんに迷惑をかけています。でも単純な私は、音を出しているだけで幸せです。音楽にはなってないでしょうが…。一緒に幸せになりたい方はいません?
補足:白百合幼稚園と白百合高校とは公道である坂の下にせまいトンネルがあり行き来
ができました。これは秘密です。
追記:JAZZ喫茶に誘惑した悪友さん達はお元気でしょうか?タバコは止めましょうね。小学校の同級生で遺愛高校に進学した友達もきれいになっていました。名前も思い出せませんがお元気で。
謝罪:結局、JAZZのことは良くわからないので書きようがありません。悪しからず。
(BY 花開くノスタルジックおじさん=グッチ・TAグッチ)
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たぶん劣等園児であると思われる私から、JAZZ幼稚園のことについてお話します。
私は元々ジャズを聴くだけ、しかも飲みながらのファンに過ぎず、そのまま人生を送るはずでありました。ところが今世紀前半のある夜、普段どおりにgroovyに足を運んだその時、園長と園児1名が店の奥で練習に励んでおり、「こっちに来ませんか」という一言につられ、楽器を与えられるハメになりました。
正直に申しあげて、ギター持ってる歴30年、その内ブランク29年の私にとりまして、ギターは趣味としても完全に崩壊しており、ジャズの演奏など到底叶うはずがありません。
しかし、世の中には心をくすぐる天使と悪魔がいるものです。天使のくすぐりは「この2小節だけでいいので、こうやってみたらどうでしょう」と囁き、言われるままに食らいつくと、全然モノにならない意地悪な悪魔が笑みをもってくすぐるのでした。
当時、黄金の四十代後半を迎えていた私は、もはや人前で恥をかく訳にはいかない。しかし、入園日と退園日が同じというのでは、昔むかしの私の幼稚園実体験と一致してしまうではないか。そうだ、無我夢中の2小節に相談してみよう。彼は言う。「不思議な快感なかった?」。その快感から数年を経た今日、私はかろうじて、退園勧告をまぬがれている。
この話に目を通している人に申しあげます。JAZZ幼稚園、そこは、国籍を問われず、20才から60才までのメンバーが、ジャズという共通年齢により全員同級生の開放地区なのです。
最後に、私はこう言いたいのだと思います。あなたに何か好きな曲があるとしましょう。そして、楽器もやってみたいとしましょう。園長には内緒ですが、一時審査はこれでパス、二次審査は園児としての誇りを持つことだけなのです。
ミルクール
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過去コラム:[グッチ・TAグッチ/ミルクール] [泉さやか] [シノプージョー] [Bass 嘉屋] [キャノンボール伊藤]
2005/11/19(土) 池田 篤 Saturday JAM Session at Lazy Bird
池田 篤(asax), Groovy Jazz幼稚園Band
11月19日。この日になってもまだ信じられないような気分。今日はあの“世界の池田篤”さんと一緒に演奏できるのです!!昨日のライブの興奮が緊張に変わっていました。それも極度の。
「11月に池田篤さんとやってもらうから」とのマスターの一言から1ヶ月ほど。道東から道北から市内から、JAZZ幼稚園のメンバーが各々の思いで今日を迎えました。特にSax陣のドキドキは……!!
カーラブレイの『Lawns』でスタート。しっとりと響くSaxの音。かと思えば時には攻撃的に耳に心に迫ってくるのです。『Five Spot AfterDark』では池田さんとメンバーのAltoSaxバトルも!! 演奏後、「池田さんのおかげです」と額に汗を浮かべながらも爽やかな笑顔の幼稚園キャノンボールさんが印象的でした。
『Love For Sale』では池田さんの超クールなフレーズが最後まで炸裂。あぁ、どこまでいってしまわれるのだろう……。バッキングのネタがとっくに尽きながらも、気持ちはどこまでもどこまでもついていきたい……と思ったのでした。
かと思えば『I Remember Clifford』では、奥深く、味わい深く、甘く……。
全13曲、池田さんの魔法の舌からくりだされるスリリングなフレーズ、小柄な体からとは思えない迫力。音色の深さ。
そして何より演奏後に「ありがとう」と声をかけてくださった、その懐の深さ。
やはり“世界の池田篤”なのです。
そんな池田さんに心からの感謝を……本当にありがとうございました!!
野宮佳也子(p)
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Bar "Lazy Bird"
札幌市北区北24条西4丁目 三福ビル1Ftel. 011-707-7388
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