LazyBird Diary

塞翁が馬

先日二人組みの女性が来た。話を聞くと一人は年末に職場の団体で来た事があるらしい。まあ、その時も暇であったのだろう。落ち着くと言う事で同僚を誘ってきてくれた。ありがたい事だ。会社の事、夫の事、親の事、子供の事、一通り話が終わるとリクエストが来た。「レフトアローン」であった。曲がかかっている間よもやま話に花が咲いていた。マルのピアノが虚ろに響いて余計に悲しく聴こえた。次のリクエストはマイ・フェバリット・シングスであった。意地悪してグラントグリーンをかけるような事はしない。トレーンは私の好きなものに選ばれたはずなのに関心をもたれていないことにも腹を立てず音の階段を登りきっている。今までも良くあるケースだが二人できて一人がjazzを多少知っているとリクエストをもらうケースが多い。「レフト・アローン」「take5」「マイフェバリットシングス」「なんでもいいから枯葉」がベスト4。そして殆ど聴かれる事なく溝を減らす。そういうお客さんに腹を立てているわけではない。それも料金のうちだが、そういう人をライブの現場まで引っ張ってくる事がどれだけ難しいのかは身にしみてわかっている。常連でも一緒に音楽をやっているメンバーであってもその音楽の肝はなかなか判ってもらえないのが現状だからだ。
僕は会話の相手をしなくていいときは真剣に音楽を聞いている。これらの名盤にまだ付け加えられる視点はあるかと・・・。
J・マクリーンの音を出すタイミングはぎりぎりまで布団の中にいて慌てて学校に行く大学生のようだがなかなかまねできないなー。
マルの一音は、一音は丸くない。たとえば、Rガーランドの音符を坂道で転がすと下までコロコロとこ気味よく転がっていくがマルの音は『どっこいしょ、どっこいしょ』と転がっていく感じがする。スムーズに転がらないので執拗に繰り返すフレーズになるのだ。
こういうお客さんが来ると真面目にレコードを聞く機会が増えて新しい発見もある。

本日の駄洒落
職業特集続編
前回の作品に対し返歌がきた。
牛「カーメン・キャバレー嬢」昔麺類特集の時『乾麺キャバレロ』という作品もあった。
牛『歌手まし娘』昔お笑いグループで『うちら陽気な鹿  島 建設』というのもあった。
牛「失業」ダスティ・ホフマン
吉「アルバイト、おいらー」前作をつなげると味わいが違 う。編集の妙義テオ・マセロ並と自画自賛
牛「女医バロン」
吉「女子アナレッドマン」
牛「歯医者バイ」
吉「司会医師」歯科医師
牛「つの犬産婆」
牛「米木香具師志」
牛「池ダーツ師」面白いがこれは職業とはいえない。
吉「納豆は誰」誰のオーダーかわからなくなった定食屋 のおばちゃん










2月07日, 2012年 | yoshida |



歌会始

今年も残す所11ヶ月になってしまったがjazz幼稚園全員での初めての練習をした。とりあえず肩慣らしと思ったが実際音を出すと対気合が入りすぎてから回りしてしまう。
入部希望者も三人来た。全員大学生でjazz研に入りそびれてセッションに行くほどの腕前でもないとの自己評価。質問が出てくる姿勢には好感が持てる。ただ口で答えるのは簡単だが実感してもらうのが難しい内容なので長く付き合う中で説明できればと思っている。だがjazz幼稚園の暗黙の規約を理解し承諾書に血判を押してもらっていないので新しい組員獲得には次回の僕の脅し方にかかっている。
とりあえずの幼稚園の目標はlazy7周年のライブに我々を代表してワイフN宮さんにWカップに参戦してもらいサポーターは観客席で応援することだ。池田篤、原大力といったWカップクラスのパスを受けきれるか今から楽しみだ。ちなみにこれはlazyの忘年会の景品です。僕としても然るべき人に当たってよかったと思っている。この景品が当たった人が他の人であったとしたらこれは罰ゲームに近いかもしれない。
北垣、池田、原と一緒にやった実感を我々に伝えて欲しい。

今年もこうして秋の発表会に向けて始動した。

本日の駄洒落
職業シリーズ
女子アナレッドマン(アナウンサー)
ジヨー錆塗る    (板金工)
アルバイターおいら (フリター)
ソロ駄洒落に挑んでいます。臼、牛、吉のトリオで名作を連発していた頃が懐かしいです。





2月02日, 2012年 | yoshida |



新年のご挨拶

皆様明けましておめでとうございます。年末年始どうお過ごしでしょうか。Lazyも年末は珍しいお客さんもみえて僅かながらですが師走感が漂っていました。
元旦は実家で母親の相手をし、夜は里帰りがかなわないカナダ人に雑煮を振る舞い、鍋をつつきながら新年を祝いました。
僕の仕事始めは2日からでしたがお客は雑煮に恩義を感じたカナダ人だけでした。暗雲漂う仕事始めとなりました。里帰りの客で満席なることはもうなくなりましたが会える可能性を残す為に早めに開けています。
新年の決意みたいな大それたものはありません。店を維持する事だけで精一杯であり、又それが喜びでもあるので志を持った演奏家とそれを見極める力をもった良質な聴き手が一人でも増える事を祈りながら日々生活するだけです。
初夢は頭髪が微妙に増えた夢でした。それも英語で見ました。NHKの英会話の放送がずっと流れていたようです。起きたら疲れがドットでました。


いい年でありますように!





1月04日, 2012年 | yoshida |



北大jazz研定期演奏会

北大の定演を聴きにいった。10時間の長丁場のライブなので全部は聴けなかったがどのグループも楽しかった。どのグループもあるコンセプトを決めて臨んでいるのがわかる。それが僕の好きなコンセプトでなくとも学生のライブだと地熱のようなエネルギーを感じてからだが受け付けてしまうから不思議だ。
それは誰々風の演奏であっても、あるいは技術が追いついていなくともその場で演奏をする事を楽しんでいる事が伝わってくるからなのだと思う。
スタンドプレイやら身内にしか受けないMCに目くじらを立てるのも止そう。そういったことは後数年すれば社会から徹底的に教え込まれる。それまでは馬鹿な事でもやり尽くしておくほうが良い。
年を取ってからは出来ない事があって自分でもその事が自分でも痛いほど良く分かるので学生の演奏が羨ましく思えるのかもしれない。
今回だけではなく学生の演奏を聞いているとある問題が毎回頭に浮かんでくる。
話を簡単にする。
その人の演奏がコルトレーン風だったとする。僕は「コルトレーン、好きなの」と聞く。だが「その人誰ですか」みたいな会話があり得るDNAにもう組み込まれていると言う事だ。たとえばFMやYoutubeで聴いた「誰か」だけで十分間に合ってしまうと言う事が起こる。
僕らの時代には何かのきっかけでソニー・クリスが好きになったとする。それはjazz喫茶に行った時に「サニー」が流れていて彼女が「このサックスかっこいいね」といったなどという些細な事から始まる。
でも時代はそれを許してはくれない。お目付け役みたいな人間が必ずまわりにいて「そうか、ソニー・クリスが好きになったか。まあいいだろう。だがなその奏法はチャーリー・パーカーの奏法を受け継いでいるのだからパーカーを一日十回は聴け」といわれる。
そして多少疑問は有るが受け入れる。帰り道「俺が好きなのはソニー・クリスなのに・・・・」と独り言を言う。

これがRockの場合どうなるか
ビートルズのヘイ・ジュード一直線が好きになったとしよう。それは彼女と一緒rock喫茶に行った時・・・・・・以下省略
Rockというのはポップスと黒人音楽が結びついたものだからチャック・ベリーから聴かなくてはならない」という人は周りに殆どいない。
だから思う存分ビートルズが聴ける。チャック・ベリーもディープ・パープルもいようがいまいが関係ない。
だが,jazzの場合なかなかそうはならない。「俺はマイケル・ブレッカーが好きなんてコルトレーンなんて関係ないす」と言い切れる人は夜道を歩く時は気をつけたほうが良い。
「Jazzはまだその歴史的蒙古判をつけたままの音楽なのか」という定期的に浮かび上がる問題。

だがこれは音楽を楽しむだけのためにやっている人には関係ない設問であって僕の半分職業病です。






12月10日, 2011年 | yoshida |



忘年会

jazz幼稚園のメンバーを中心にしたメンバーによる忘年会が12月3日に終わった。一応店の三大行事の一つだ。今年の世相、あるいは色々な事件を反映したものではないはずなのに何となくこじんまりとしたものとなった。諸般の事情で参加者も減り、今年は鍋の具材もあまってしまった。考えてみるとメンバーにはもう二十代はいない。死ぬほど飲み食いする世代ではもうないのかも知れない。20回はやっている伝統行事なので僕の忘年会用のネタ帳も三冊目になる。最初の頃は出席者にあわせた本格的クイズなんかを考えていたので準備には二週間ぐらいかかったが最近は正解の無いクイズやらゲームをやって童心に帰ってもらっている。やはり飲みすぎる人は勝てないらしく今年もあまり飲まないU山さんが優勝、準優勝は下戸のN宮君であった。馬券の方も正解者が2名出て掛け金、親の総取りとはならなかった。毎年この部分の利益で正月の餅を買っていたのにつらい限りだ。僕の進行方針も酔うほどにいい加減になるのでいたしかたない。音楽の方はなかなかjazzぽくならないのにこの部分だけがjazzだ。
僕らのメンバーは超初心者からアマ上級者までいるがこの環境だからやっていると言う人が殆どだ。
温泉気分jazzだ。時々は水風呂や江戸っ子も飛び上がる熱湯にも入ってもらうが基本的にはいい湯加減だとは思う。
そういう人が集まっての忘年会であった。今年の目標新規メンバー二名獲得は実現しそうにも無い。


本日の駄洒落
忘年会特集
ラルフ・忘年
マイケル・無礼講





12月05日, 2011年 | yoshida |



日曜日でライブも無く二週間ぶりの休みを母親のところで過ごしていた。その日はヤクルトと中日が最後になるかも知れない試合を戦っていた。僕は落合監督とヤクルトの青木しか知らない両チームの試合を母親が落合を嫌っているだけの理由で何となくヤクルトに肩入れして見ていた。その時母親がぼそっと今朝トイレに起きたら、スリッパが片方濡れていたという。手洗いの水がはねたんじゃないのという事にしたが、母は腑に落ちていなかった。僕は親父が戻ってきたのかと考えたが口には出さなかった。
家に戻ってでたらめにラジオをつけて夜食の素麺の薬味のねぎを刻んでいた。切ったねぎがしばらくの間まだ伸びているのを見るといつも死人の髭が伸びる事を思い出してしまう。ラジオの番組が変わった。今日は大石学ぶトリオの演奏をお届けしますというアナウンスメントとが入った。思わず手が止まった。
ピアノ大石学、ベース米木康志、ドラムはセシル・モンローではなかった。
大石からセシルへの思いが語られ、アナウンサーが楽屋での米木の話を紹介していた。
「俺たちここ、5,6年又成長してきたのにあらためてもう居ないんだとおもったよ」
最後に毎回演奏される大石のオリジナル「ピース」が演奏された。安物のラジカセでも二人のセシルへの思いが痛いほど伝わってきて目頭が熱くなったがひょっとすると葱を刻んでいたせいかも知れない。
もう深夜だが店にいって一杯だけ飲もうと思う。

そいいえばこの日米木とは別件でメールのやり取りをしたがこの放送の事は言っていなかったなあ・・・・・・




11月07日, 2011年 | yoshida |